2025/12/3
疾患研究におけるオルガノイドの可能性と課題
オルガノイドは、ヒト組織を模倣する微小で自己組織化能をもつモデルであり、疾患研究や創薬の在り方を大きく変えつつあります。本Q&Aでは、モレキュラーデバイスのAaron Risinger氏が、オルガノイド技術と自動化、人工知能を組み合わせることで、ヒト疾患モデルの精度向上、動物実験への依存低減、創薬プロセスの加速にどのように貢献しているかを解説しています。Risinger氏は、オルガノイド生産のスケールアップにおける技術的課題、個別化医療への期待、そして自動化プラットフォームが生物医学研究にもたらす再現性と効率性の向上についても議論しています。
Labcompare: オルガノイドとは何でしょうか。
Risinger氏: オルガノイドとは、生体のヒト臓器や組織の構造・機能を模倣するように、研究室内で培養される微小な3D構造体からなる生物学的モデルの一種です。オルガノイドの特徴は、患者由来細胞や幹細胞から誘導され、複数の関連細胞種を含む組織様構造へと自己組織化する能力にあります。この自己組織化能により、オルガノイドは従来の平面(2D)細胞培養よりも、実際の組織が示す生理機能や疾患状態を高い精度で再現できます。さらに、オルガノイドは長期間培養可能であり、ヒト生物学により近い複雑性を示す点も重要です。
Labcompare: 従来の細胞培養や動物モデルと比べて、オルガノイドが画期的とされる理由は何でしょうか。
Risinger氏: 従来の2D細胞培養は、扱いやすく、スケール化が容易で、再現性も高いため、研究に不可欠な手法でした。しかし、継代や培養環境への適応を繰り返すうちに、これらの細胞はヒト体内の状態から徐々に乖離していきます。この「ヒト関連性」の低下は、創薬候補化合物の臨床後期試験における高い失敗率(最大90%)の一因とも考えられています。
動物モデルはより複雑で、薬剤が生体全体でどのように作用するかを理解する上で有用ですが、動物はヒトではありません。近縁種であっても必ず差異が存在し、動物実験には倫理的・科学的な課題が伴います。オルガノイドはその中間に位置する選択肢です。ヒト由来であり、複数の細胞種の相互作用を含む組織の複雑性を再現でき、薬剤や疾患に対するヒトの反応をより高い精度で予測できます。オルガノイドの活用により、臨床試験の成功率向上や動物実験の削減が期待されています。
Labcompare: オルガノイドはどのように作製され、どの程度自動化されているのでしょうか。
Risinger氏: 意外に思われるかもしれませんが、細胞培養の基本的な作業は1990年代から大きく変わっていません。多くの研究者はいまだに手作業で細胞に給餌し、培地交換を行い、増殖を目視で確認しています。オルガノイド培養は従来の細胞培養よりもさらに手間がかかり、種類によっては6時間ごとに給餌や観察が必要になることもあり、研究者が夜間勤務や週末対応を余儀なくされる場合もあります。
現在、この状況は自動化によって変わりつつあります。モレキュラーデバイスでは、オルガノイド生産の工業化に取り組んでいます。高度なシステムでは、ロボティクスによる細胞培養操作や、ハイコンテントイメージングによるモニタリングが導入されています。人工知能は、給餌や継代、増殖因子添加のタイミングを判断し、従来の経験則に頼った作業をデータ駆動型の意思決定に置き換えます。これにより、時間の節約だけでなく、大規模スクリーニングに不可欠な再現性の向上が実現します。
Labcompare: AIはオルガノイド研究においてどのような役割を果たしているのでしょうか。
Risinger氏: AI、より正確には機械学習は、ハイコンテントスクリーニングや細胞解析の分野で10年以上前から利用されてきましたが、オルガノイド研究が拡大する中で、この3〜5年でその重要性が急速に高まっています。オルガノイドのイメージングでは膨大なデータが生成され、人間が効率的に解析できる量をはるかに超えています。AIアルゴリズムは、画像のセグメンテーション、細胞形態やサイズの分類、さらには組織の機能状態や治療応答を示唆する微細なパターンの検出を可能にします。
画像解析にとどまらず、AIは研究者が治療法を設計・評価する方法そのものを変革しています。医薬化学者は長年、経験と直感に基づいて化学構造を最適化してきましたが、現在ではAIが新規化合物を提案し、タンパク質のフォールディングを予測し、修飾案を提示し、それらがオルガノイドを用いて検証されます。オルガノイドは従来の動物モデルよりもヒト生理をより正確に反映するため、AIとオルガノイドの組み合わせにより、有望な化合物が臨床試験へと成功裏に進む可能性に対して、研究者はより高い確信を持てるようになります。
さらに、AIはオルガノイド研究が生み出す複雑化するデータを統合する上でも不可欠です。これらのモデルは、同一サンプルからプロテオミクス、ゲノミクス、空間情報、フェノタイプ情報などを統合するマルチオミクス解析を可能にします。こうした多様なデータセットを理解するためにAIは強力であり、複数のモダリティを横断する意味のある関連性を見出し、新たな発見への道筋を示します。このようにAIは、研究者がデータ過多に対処する助けとなるだけでなく、生物学的洞察の新たな領域を切り開いています。
Labcompare: オルガノイドはがん研究の進展にどのように貢献しているのでしょうか。
Risinger氏: がんは極めて複雑です。同じ乳がんであっても、患者ごとに遺伝子変異や免疫応答が大きく異なります。この不均一性が治療を難しくしています。Tumoroid(患者腫瘍由来オルガノイド)は、個別化医療への道を開く存在です。個々の患者のがんを忠実に反映したモデルで薬剤を評価することで、どの治療が最も効果的かを事前に把握できます。
モレキュラーデバイスでは、臨床応用そのものではなく、研究者がスケールを拡大しつつ複数条件で感受性試験を実施できるよう、均質でアッセイ対応可能なオルガノイドを安定的に生産するためのツール開発に注力しています。これにより、がんの挙動や治療応答をより包括的に捉えることが可能になります。
Labcompare: オルガノイド研究をスケール化し、信頼性を高める上で、自動化はどのような課題を解決できるのでしょうか。
Risinger氏: 自動化されたモニタリングと解析は、重要な品質管理のレイヤーを追加します。主観的で手作業のチェックに頼るのではなく、AI駆動のイメージングが細胞の望ましい状態を定量的な「フィンガープリント」として生成し、逸脱を検出します。このスケールでの再現性により、研究者は結果に対してより高い信頼を持てるようになり、より効果的ながん治療の開発が加速します。
使いやすさも重要です。初期の自動化システムは、運用維持のためにエンジニアやプログラマーのチームを必要とすることが多くありました。私たちの目標は、生物学者が高度な技術的専門知識を必要とせずに直接操作できるプラットフォームを設計することです。
最後に、自動化は一貫性を生み出します。ロボットは毎回同じ方法で作業を行うため、ばらつきが減少します。また、実験に使用するプレートそのものの中でオルガノイドを培養することで、移送時に細胞が受けるストレスを回避し、研究間の再現性をさらに向上させます。
Labcompare: オルガノイド技術の将来はどのように発展していくとお考えですか。
Risinger氏: 近い将来、オルガノイド培養プロトコールの標準化が進み、研究室間での手法がより統一され、検証されることで、研究の進展が加速すると考えています。次のステップとして、肝臓、腎臓、腸など異なるオルガノイドモデルを組み合わせた「システム・オン・チップ」が実現し、ヒト生理の再現性がさらに高まり、動物実験の削減にもつながるでしょう。
長期的には、真の個別化医療が実現することが最大の可能性です。患者の生検サンプルから十分な量のオルガノイドを迅速に作製し、利用可能な治療法を網羅的に評価して、最適な治療を初期段階で選択できる未来を想像してみてください。がんが変化した場合には、新たなオルガノイドを用いて次の治療戦略を検討できます。まだその段階には至っていませんが、技術は急速に進化しており、そのインパクトには大いに期待しています。
インタビュー対象者について: モレキュラーデバイスにおいてCellular Workflow Automationのを務めるAaron Risinger氏は、Cellular Workflow and Automation事業部の商業的成功を推進するため、共同研究や戦略的パートナーシップの構築を担当しています。これには、患者由来オルガノイド(PDO)の開発、スケールアップ、製造、そしてCellXpress.ai自動細胞培養システムのような最先端技術の推進が含まれます。ライフサイエンス分野で20年以上の経験を持ち、学術機関、研究組織、製薬企業と連携しながら3Dバイオロジーの革新に貢献しています。テキサスA&M大学で生化学を専攻し、テキサス大学サンアントニオ校でMBAを取得しています。
この記事はLabcompareに掲載されたものを許可を得て転載したものです。